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ふらり野良猫の旅

最近ちょこちょこMoEにもINするようになりましたねこいひとです。
ただ体だけいて、魂はユクモ村にいる事も多いですが。
なんだか色んなものが上を通り過ぎて、既に新しい要素についていけないねこいひと。
まーそれでも、ちんまりと、野良猫の自由さでうろうろしています。

元が野良猫なので、
たまにふらりと自由を求めて旅したくなるのかも知れません。

どこにも所属せず、ふらりとしていようと思います。
気まぐれにどこかに立ち寄ったらなら、相手してやってください。
姿を見せているということは構われたいということなので。

自由というのは何にも束縛されない代わりに孤独も受け入れること。
飼い猫みたいに首輪をつけてはもらっても、飼い主が離れた場所に住んでいるのなら、
飼い主ではない人たちが住む家の中で、猫がただ、一匹で佇んでいるのなら、それは飼い猫と言えるのでしょうか。
ご飯だけもらえても、寒いままなら、別に飼い猫でいる必要はありません。
ご飯だけならたまに優しい誰かが与えてくれるのです。
たとえそれが冷め切ったご飯であっても。量産品の安いキャットフードであっても。
もらえればおなかは膨れます。
ご飯だけ求めるのなら、外猫という立場だけで十分ではないのでしょうか。
外猫と飼い猫の境界は曖昧なのだから。
猫が在ろうとする家が寒々しいものなら、外で暮らす外猫でいるのと何の変わりがあるというんでしょう。

野良は野良、ということなのかもしれません。
飼われたいと思うこと自体が間違いだったのかもしれません。

いくら媚を売ろうとも、愛想を振りまこうとも、野良は野良。
外猫にはなれても、飼い猫にはなれないのかもしれません。

猫はもともと執着の強い生き物です。
嫉妬深い生き物です。
飼い猫になれたと思ってしまうと、飼い主の周りにいる猫がたくさんいれば、嫉妬をします。
それが野良であれ外猫であれ、自分以外の猫が飼い主の周りにいるのが許せない。
自分だけが主人の飼い猫だと思いたいから。
相手が同じ猫だけじゃない。
主人が熱中する何かに対しても嫉妬する場合もありますね。

主人の周りにいる猫が気になるのなら。
嫉妬をして苦しむのなら。
飼い猫をやめればいいのです。
簡単なこと。
外猫になればいい。
自分が特別だと思うから、苦しい。
他と同じだと諦めてしまえば苦しむこともないんでしょう。

外猫は外猫のまま、
もらえるご飯を食べてふらりとしておくことにします。



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